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札幌家庭裁判所 昭和60年(家イ)1964号 審判 1985年12月25日

申立人 矢崎良

相手方 矢崎正

主文

昭和17年1月15日届出にかかる申立外亡矢崎信三及び申立人と相手方との間の養子縁組は、申立人と相手方との間で無効であることを確認する。

理由

申立人は主文同旨の審判を求め、その申立ての実情として、申立人と相手方との間には、主文掲記のとおりの養子縁組の届出がなされ、その旨戸籍上記載され現在に及んでいるが、上記届出は申立人が全く関知していないもので、申立人に養子縁組の意思を欠く無効なものであるから、本件養子縁組が申立人と相手方との間で無効であることの確認を求めて本申立に及ぶと述べた。

本調停委員会の席上、当事者間に主文同旨の審判をうけることの合意ができ、その原因たる事実関係についても争いがない。

そこで判断するに、本件記録添付の各資料並びに当事者双方の各審問の結果に本調停の全経過をあわせて勘案すれば、申立人の夫であつた申立外亡矢崎信三(以下単に「信三」という)は昭和17年当時、申立外沢井真代(以下単に「真代」という)との間でいわゆる妾関係を結んでいたが、信三と真代はその間の事実上の養子として、相手方(戸籍上の記載によれば、父山中惣三郎、母キヨの四男)をもらいうけてきたが、さらに、信三は相手方との間に法律上の養親子関係を成立させる意図で、妻である申立人には無断で主文掲記のとおり同年1月15日に信三・申立人夫婦を養父母とし、相手方を養子とする養子縁組の届出をしたこと(相手方については、上記の父母が承諾)、相手方は当時満1歳5ヶ月足らずであつたが、以後、信三を養父とし、真代を事実上の養母として成長し、昭和45年11月5日に婚姻し、現在、妻と長男14歳、長女12歳の家族がいること、ところで、申立人は夫信三と真代との関係は承知しており、また、同人らが子供を育てていることも、相手方が少学校入学のころ知つたが、申立人の立場ではその詳細を知りたくないという心情にあつたため、事実関係を深く探索することなく放置してきたところ、信三が昭和59年5月18日死亡して相続が開始し、はじめて相続人として妻である申立人と信三・申立人間の長男である申立外矢崎努(昭和11年11月26日生、昭和37年6月20日既婚-以下単に「努」という)のほかに、戸籍上相手方が信三・申立人夫婦の養子として記載されていることを知つたこと、そして、信三の遺産に関しては、申立人及び努の代理人である税理士を介して相手方と交渉した結果、昭和59年11月ころ申立人、努及び相手方との間に遺産分割の協議が成立して遺産分割が終了したこと、なお、相手方に関する協議内容は金500万円を受領するのみで、その余の遺産一切を取得しない趣旨のものであり、すでに金員の授受も完了しているものであること、しかして、申立人は将来の紛争を回避するために本申立てに及んだものであること、なお、申立人の心情とすれば、信三と相手方との間でも本件縁組を無効としたい意向もあつたが、申立人と相手方との間のみで無効とするのもやむをえないと考えるに至つたこと、一方、相手方も信三と相手方間の養子縁組が無効とされず、今後とも「矢崎」姓が使用できるなど、相手方及びその親族の生活関係が破壊されないものであれば、本申立てに応ずることに異議がないという結論に至つたこと、以上の各事実を認めることができ、これが認定事実によれば、本件縁組が縁組当事者である申立人に縁組意思を欠く無効なものであることが明らかであるが、信三と相手方との間についても無効と解すべきものであるかについて検討するに、信三に縁組意思があつたことが明らかであり、また、縁組から信三が死亡するまでの42年間の長きにわたつて実質的な養父子関係が形成されてきたものと解するのを相当とし、さらに、これを前提として相手方の婚姻、子の出生など新たな親族関係が形成されている一方、信三の死亡後、その遺産について、相手方を信三の養子としたうえで、申立人及び長男努と相手方との間でさしたる争いもなく遺産分割の協議を遂げて分割を終了しているといつた諸事情が、いわゆる養子縁組の当事者である夫婦の一方に縁組の意思がない場合に他方の配偶者について縁組が有効に成立したものと認めることを妨げない特段の事情がある場合に該当するものと解するのを相当とし(昭和48年4月12日最高裁判決参照)、本件縁組は信三と相手方との間では有効で、申立人と相手方との間のみで無効なものであると解するのが相当である。

よつて、調停委員○○○○及び同○○○○の意見を聴いたうえ、家事審判法23条を適用して主文のとおり審判する。

(家事審判官 東原清彦)

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